不尽
普段色々な事についてぐるぐる考え続けている人間ですが、
これから書くことをどうしてここに書こうと思ったか
説明がつきません。
よろしければとある知らない音楽家のコラムか何かだと思ってお読み下さい。
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毎日会話をしていた大好きな友人が緊急入院をし、
「死ぬ病気だから」「もう(病院の)外には出られないと思う」
という
突然のお別れの連絡がありました
受け入れられなくて、
それから5日間ほとんどごはんを食べられなくなりました。
私よりちょっと年上で、
想像力にも創造力にも、人生観にもダイレクトに影響するような、
神秘的な友人。さばさばしているけど人の痛みがわかる人。
その人をテーマに歌詞も書いていました。
治療法はもうないと言われたそうです。
まだなにかできるかもしれない、
数日待ったら”ちょっと元気になったよ”って報告があるかもしれない、
そしたらまた言葉でもなんでもいいから届けられるかもしれないと
思ってしまった自分が情けない。
さすがの私でも 去るものを追わないことは出来なかった。
生きて、と言ってしまった。
そんな事は本人が1番思っていて1番つらいはずなのに
生きてほしいという願望を伝えてしまいました。
それに返事はなく。
そんな思いで心の中でなにかにしがみついていたけれど、
宣言通り、ついに連絡先が すっと消えてしまいました。
なんの病気かしらなかったのは私の方で、
彼女はとっくにもう長いこと闘ってきた。
前から身辺整理をしていたんだと思います。
私は、その最後の方に残された、ある意味気を遣わない仲間だったのかもしれません。
もう会うことは出来ないし、
彼女がこのブログを読むことも絶対にありません。
最初は憧れと崇拝だったのだけど、心を開いてくれて、それから友情とも、恋とも言えるような、どれにも分類しきれないのだけど
その全てに当てはまるような不思議な存在なのです。
まだ若いんだよ。
死んじゃだめだよ。
居場所を知っていようものなら何県でも飛んで走って抱きしめに行きたい。
本当に。
連絡があったあと自分の件でとある病院に行って、
そこに溢れているご老人たちを見て、
……なんであの子は生きられないんだよと思ってしまいました。
人生は不公平だなんて知ってるつもりでいたけれど
ものの見方を変えてしまうような出来事はいつでも起こるし
もともと他人の悩みや思いがけない出来事に対して
寄り添って自分まですり減らしてしまう性格を
訓練してなるべく揺るがないようにしてきたのに
こんなに堪えるものかとまたしばらく棒立ちになりました。
5日間、なにかの集中が切れては泣き続けて
ひとつだけよかったことを発見しました。
失って気づくのではなくて、
もう何度も失いそうになっていて、
その過程で、私はあなたが大好きだということを伝えた事がありました。
それに
「一緒にいると安心する。私も〇〇さん(私のあだ名)のこと大好きだよ。~中略〜 ありがとうね。」と返事がありました。
媚びない性格で、多くを語らない同士で、
普段絶対そんなこと気持ち悪くて他人に言わない(笑)ような2人なんですが
それは心からの言葉だったと思います。
なんか作り話みたいだけど。
逃れられない苦しみなのは変わらないけど
せめてその言葉があってよかった
と思う日が来る
のかな。
何かしてあげられないかと考えた時に
真っ先に音楽という選択肢は思い浮かびませんでした。
自分が本当に心を閉ざした時は音楽を必要としなかったし、むしろなにも聴きたくないから。普段から”要らない人にとってどれだけ迷惑か”ということを異常に意識してしまうだけかも。でも救われることもたくさんありました。
それは人による。
もう少し連絡が持続していたらその選択肢もあったかもしれない。
私の絵を描いてくれる予定でした。
ウェディングの仕事の話をもっと聞きたかったし
私も音楽の話をしてみたかったな。
静かに待ち続けます。
彼女はまだ生きているので。
どこかで生きていてくれると信じ続ける他にはなにもできない。
最後に 9月に書き留めていたよくわからない日記を
残しておきます
_______できるだけ心穏やかでいて欲しい誰かの
寂しさを優しさで少しだけ埋められた瞬間
その戦意は殺意なのか それとも
君が才あるのは確かだ
何気ない会話からも中身を見てくれていると
受信して共鳴できた自分のことさえも称えたい_________
私情をぶちまけてしまって
すみません。
これを読んで辛い感情になってしまった方もいると思います。
どうかその共感力を
大事にして これからも生きてください。
いつもありがとう。
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